持続可能な協同社会に向かう「学力と人格」の包括的教育のすすめ
【奈須】逃げることなく,踏みとどまること。問いを発し,仲間とともに考え抜くこと。それによって「でも私はこう生きていこう」と答えが決まる。次の瞬間,そう答えている私の姿を見ながら新たな問いが立ち上がるとしても。
【諸富】世界を救うことができるたった一つの方法は,この世界が私たちに投げかけてきている無数の「答えなき問い」をまさに「自分自身にとっての,のっぴきならない問い」として引き受け,問い続けていくことである。
~以上,本文より~
本書の「はじめに」より ~明治大学教授 諸富 祥彦
私たちの人生には、無数の「答えなき問い」が存在している。
人生とは、日々、「答えなき問い」に向き合っていくプロセスである、と言ってもいい。
私たち大人も、つねに「答えなき問い」に取り囲まれている。
「このまま教師を続けるべきか、辞めるべきか」
「なかなかうまくいかない保護者や同僚と、どう折り合いをつけていくべきか」
「結婚すべきか、しないほうがいいか」
人生は、「答えなき問い」の連続である。
子どもたちの生活も「答えなき問い」に取り囲まれている。
「最近、ちょっかいを出してくる、あの子とどう仲よくしていけばいいのか」
「お母さんとお父さんの仲が悪そうだ。私は、どうすればいいんだろう……」
「答えなき問い」――それは、もちろん、こうした個人レベルのことに限られない。社会 や世界全体が、「答えなき問い」で満ちている。
例えば、先の大震災や、原発事故。
計画停電のために、暗い部屋で過ごすなか、私たちは初めて、「原発事故が起こったらど うなるか」という「答えなき問い」を、これまで、本当は引き受けてはいなかったのだ、と いうことを、身をもって知ることができた。いや、否応なく知らしめられたのだ。
そのなかでふと、こんなつぶやきを、心の内で発した子どももいたことだろう。
「原発事故って、ほんとうに、想定外の出来事だったのだろうか。原発には、どんな問題 があって、これから私たちは、原発問題にどうかかわっていけばいいのだろうか」
「停電があって、最初は暗くていやだったけど、だんだん慣れて、平気になってきた。電 気がないと、幸福な社会を維持することは、本当にできないものだろうか」
震災で、多くの人が、かけがえのないいのちを奪われていく現実を目の当たりにして、ふ と、こんなことを考えた人も少なくなかっただろう。
「なぜ、あの人たちが亡くなって、私が生きているのだろう」
「亡くなったのが、あの人たちで、私ではなかったのは、なぜなのだろう」
「私がいま、こうやって生きていること、これからも生きていくことには、どんな意味が あるのだろう……」
教師であれば、子どもの内側でふと生まれた、こうした「答えなき問い」を拾い上げてほ しい。そして、こうした子どもたちの「答えなき問い」を「自分自身ののっぴきならない問 い」としても引き受けて、子どもたちと一緒に、考え続けてほしい。
それが、自分たちに問いかけられている「問い」に目隠しをして、見ないこと(見えてい ないこと)にしてしまう、私たち日本人の「悪癖」を、少しずつ、少しずつ、変えていくこ とにつながっていくだろう。
そしてそうした教育実践の積み重ねが、「答えなき問い」を、「他人事」としてではな く、「自分自身ののっぴきならない問い」として引き受けることのできる子どもたちを育て ていく。それがひいては、地域を変え、社会を変え、世界を変えていくことにつながってい くのだ。
第二次世界大戦の折、ナチスの手によってアウシュビッツなどの収容所に捕虜として捕え られた精神科医のビクトール・フランクルは、こう語っている。
「人間が人生の意味は何かと問う前に、人生のほうが人間に問いを発してきている」「人 間は、人生から問いかけられている存在であり、人生からの問いに答えなくてはならない。 そしてその答えは、人生からの具体的な問いかけに対する具体的な答えでなくてはならな い」(『医師による魂の癒し』)。
ここでフランクルの言う「人生からの問い」は、「世界からの問い」でもあり、「私たち の未来からの問い」でもある。
私たちの国は、そして私たちが生きているこの地球は、もうすぐ引き返すことができないと ころまで、追い込まれつつある。「持続可能な社会」「持続可能な世界」は、本当に、も う、あたりまえのことではなくなりつつある。
ストレートに言えば、「世界を救うことができるたった一つの方法」は、まず私たち大人 自身が、そして、教室にいる子どもたちが、世界が私たちに投げかけてきている無数の「答 えなき問い」を、「自分自身にとっての、のっぴきならない問い」として引き受け、問い続 けていくことしかないのである。
「教室で起きる、ちょっとした子どもたちの変化」の積み重ねが、地域社会の変化に、日 本の変化に、そして世界の変化につながっていく。
そう考えると、教師とは、何とやりがいのある仕事であろうか。
あなたの授業が、「この世界を変える、最初の一歩」になるのである。
本書が、そのきっかけ作りになれば、幸いである。
この本の共著者、奈須正裕先生は、ふだんは私とは異なるジャンルで仕事をされている方 である。しかしなぜか、講演や対談でご一緒することが多かった。二人を知っている先生方 からも「お二人はどこか、似てますね。何だか熱いところが……」などと言われることが多 かった。
奈須先生と私が似ているのは、「この世界を、そして、この世界に生きている人間を、何 とか変えていきたい」という「志」を共有しているからだと、私は思っている。
その意味で、奈須先生は私の「同志」である。
もちろん、この本を読んで、私たちと一緒に「子どもたちを変えていきたい」「この社会 を、答えなき問いに目隠しをせず、本気で問い続ける社会に変えていきたい」と思っておら れるあなたも、私たちの「同志」である。
さぁ、世界を変えていこう!
そしてそれは、教師であるあなたが「答えなき問い」を「自分自身の問い」として引き受 けること、そして、授業中に子どもたちがふと発してくる「答えなき問い」を、ていねいに 拾い上げることから、始まるのだ。
目次
【序 章】 答えなき時代に「答えなき問い」を引き受け問い続ける【第1章】 自己決定尊重か共同体尊重かの二項対立には飽き飽きだ!
【第2章】 「答えなき問い」を引き受け問い続ける自己の育成
【第3章】 答えなき時代に学校・教師ができること
【第4章】 「総合」に込められた危機感と希望
【終 章】 学力観の見直しを
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