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特集
UDLとは何か
★UDLは、障害の有無にかかわらず、すべての学習者の学びを助けるための概念的フレームワークである。実践の枠組みとしてUDL3原則(「取り組み」「提示(理解)」「行動と表出」)があり、教師はこの3原則に基づき、柔軟性をもってカリキュラムをデザインする。学習の主体は学習者であり、UDLは学習者が自らの学びを舵取りできる学びのエキスパートになることをめざす。
学習支援から学習者の発達支援へ-UDLを支える足場的支援(Scaffolding)-
★UDLは、「カリキュラムの障害」を探し出し、それを取り除くために「オプション」と呼ばれる複数の選択肢を学習者に用意し、学習者自身が学習の「GOAL(目的)」と「WHY(なぜ学ぶのか)」に基づいて、主体的にオプションを選択するように働きかけ、学びのエキスパートを育てることを目的としている。これは、学習者自身が学び方を選択することが学習者としての発達を促すという、発達の最近接領域(ZPD:zone of proximal development)の理論に基づいた、足場的支援(Scaffolding)の発想が根底にあるからである。
★足場的支援の概念を適切に理解し、学習者としての発達を念頭に置いてUDLの枠組みを実施することで、教室を学習支援の場から、学習者の発達支援の場へと変容させることが期待できるだろう。
若手教員の成長を支えるUDL
★学校は忙しい。仕事に慣れることに手いっぱいで、目の前の業務に追われ、授業準備もままならない、そんな若手教員は多いだろう。さまざまな調査で若手教員が授業づくりに悩んでいることが示されている。本稿では、すべての子どもが学べるように授業設計するためのフレームワークである学びのユニバーサルデザイン(UDL)を、若手教員のエピソードを交えて紹介する。UDLは脳科学などの研究知見に基づいて開発されている。最近のエビデンスについてもふれ、若手教員が自信をもってUDLを実践する一助としたい。
エンカレッジスクールにおけるUDL国語科授業実践
★学びのユニバーサルデザイン(UDL)を実践する際には、「どう教えるか」から「どう学ぶか」を考えるというマインドセットの転換が教師に求められる。生徒の適応上の問題を「カリキュラムの障害」に見い出し、すべての生徒が学べる授業を設計する。その際、重要となるのが目標の明確化である。
★多様な学びが保障されるようなUDLに基づく授業を通して、エンカレッジスクールの生徒が遂げた変化は2点ある。第一に、自身の学びやすさを理解したこと、第二に、教室にいる他生徒への捉え方が変化したこと。多様な生徒が在籍するエンカレッジスクールのような学校では、UDL実践は学力向上以外の面でも大きな効果を発揮すると考えられる。
中学校におけるUDL授業実践
★与えつづけてきた授業スタイルではうまくいかないことが多かった。障害があるのは生徒ではなく、カリキュラムのほうである。そのように考えるUDLの考え方を学んだ。
★画一的で生徒にとって与えられるだけの授業だけではなく、生徒理解を進め、UDLの考え方に基づき、自己選択によって自身の得意な方法で学べるように学習環境を変えた。それによって生徒が主体的に学んだ。
★UDLによって生徒は可能性を開花させ成長しながら学びつづけた。授業も同じように改善していった。与えつづけてきた授業ではなく、生徒を信じて託すことによって、生徒は学習面以外でも成長していった。また、全国学力・学習状況調査や学習診断テストからも学力面での向上を感じとることができた。
小学校におけるUDL授業実践
★1つのクラスの中に多様な児童が在籍している。1人1人の児童のニーズに応じた指導をすることに悩んでいる先生方はたくさんいるだろう。
★UDLを取り入れた授業づくりを行うことで、児童は自分に合った学習方法で、自ら学びを進めていく力を獲得していった。教師が「教える」授業から児童が「自ら学ぶ」授業へと変わり、児童がいきいきと授業を動かしていく。そして、全員が自らのゴールを目指す共同体としてクラスが成長し、児童どうしの人間関係もより良好になっていった。
★ここでは、小学校1年生のクラスでの具体的な実践について紹介する。
多様な学習活動の評価
★授業改善を促し、多様な学習活動を提供するUDLの評価では、総括的評価のみならず形成的アセスメントによる評価も重視されている。その評価は、新学習指導要領で求められる資質・能力を育成するための授業改善を促す評価と同じ方向を目指すものである。形成的アセスメントは、教師と仲間と自分が「学習者はどこへ行こうとしているか」「今まさにどこにいるのか」「どのようにそこへ行き着くのか」という3つの問いに応答する5つの鍵となる方略を伴い、フィードバックが効果的になる教室を目指す。コストがかからず実行可能な授業改善の有力な方策である。実際のUDLの教室では、そのような評価が豊かに存在している。
学校全体でUDL授業実践に取り組む良さ
★学校全体でUDLに取り組むと、子どもの学ぶ姿や、実践する同僚の姿に触発され、多くの教師の授業力が向上する。まずUDLを理解し授業づくりに生かすための研修は必要である。最初にオプションを提供してみると学習者が予想以上の意欲をもって取り組むので教師は驚愕する。多様な活動が同時に進行するので拡散しやすいが、逆に学習者自身が目標に向かって舵取りできるように目標設定やルーブリック活用が工夫されていく。ルーブリックを吟味すると学びも深まっていく。このように学習者が主体的に学んでいくので、教師の一斉指導は減り、学習者中心の教室が実現する。学びを実現する道筋を共有し、学習の本質を追究するうねりとなり、校内に伝搬していく。
今月のオススメ! これだけは押さえたい学習評価(6)指導要録はどうあるべきか-ハイステイスクな評価に必要な評価者間信頼性-
●総括的評価とハイステイクス-記述式問題だけでなく指導要録の公平性も重要
評価の機能には、生徒の学習の向上を目的とする形成的評価と、一定期間の生徒の学習状況や成果を要約して示す総括的評価があります(第2回、9月号)。指導要録は基本的に総括的評価としての役割を果たします。
総括的評価としての指導要録のあり方は、高校入試等の調査書・内申書の作成につながることを考える必要があります(しかし、この点がさきの学習評価の在り方WGの議論では不足でした)。このように評価の結果が生徒の将来に大きく影響するような場合を、ハイステイクスな評価といいます。
いま、大学入学共通テスト(以下、共通テスト)で、記述式問題の採点の公平性が問題とされています(注1)。たしかに入試では公平性はきわめて重要ですが、記述式問題の採点の公平性だけでなく、調査書・内申書の公平性(その元になる指導要録の評価の公平性)も重要なはずです。そこで今回は、この評価者間信頼性を確保する方法について考えます。観点別学習状況(個別に小学校英語科)、評定の順に論じます。
(注1)記述式問題の採点について、一般には「採点の公平性」という言葉を用いていますが、評価専門用語では「評価者間信頼性」という用語で議論されるべきです。しかし、ここでは一般に用いられている公平性も用います。
●評価者間信頼性の確保のために必要なこと
評価者間信頼性を確保するための第一歩は、評価基準の作成とその共有です。もちろんいま論じる必要があるのは、「思考・判断・表現」の観点で評価されるような能力や技能であり、記述式問題やレポート、作文・論文などです。これらの総括的評価では、だれが評価しても同じような評価結果が出ることを求められます(評価者間信頼性)。
評価者間信頼性が確保されるためには、以下(1)(2)(3)のような条件が整っていることが必要です。
(1)評価に用いる共通の評価基準があること
いうまでもなく、評価者が用いる評価基準が異なっては、評価者間信頼性を確保できません。しかし仮に共通の評価基準であっても、その評価基準が何を意味しているのか解釈が異なるようでは、評価基準を共通にする効果は半減されます。例えば、現在わが国の観点別学習状況の評価について国が示している「十分に満足できる」「おおむね満足できる」「努力を要する」という指針や、国立教育政策研究所が参考資料として示している四観点のBの評価規準は、多様な解釈の余地があるうえ、参考資料でAの基準もCの基準も示していないので、評価者間信頼性を確保できません(規準1つでは多様な子どもの姿を見ても「どの程度」という判断ができないことは第1回・7月号で述べました)。
(2)評価事例集(examplar)が必要
わが国では「評価に関する事例」と称して、どのような課題を出してどのような手続きや方法で何回くらい評価するかという事例の意味で用いている例が見られます。しかし、評価事例集(英語ではexamplar:手本・典型)とは、評価基準の理解を図ったり、その具体的な意味を説明したりするために、一定の評価基準に該当する生徒の作品を集めたもの(つまり評価基準に該当する典型的な解答例・集)のことです。
例えば「…について多角的に検討しており、資料の価値を十分に検討して用いている」という評価基準において、「多角的」「十分に」は解釈の余地があります。そこで、それはどういうことか、どの程度かを、この評価基準に当てはまる生徒の作品(解答や作文など)で示すのです。また「イマジネーションに富んだ作品」という評価基準では、実際にイマジネーションに富んだ作品自体を示すのです。
このような評価事例集が評価基準に合わせて示されることにより、評価基準が意味することを多くの評価者が共通理解でき、評価者間信頼性を高めることができます。
以上の評価基準と評価事例集の2つがそろっていることが、評価者間信頼性を確保するための最低条件です。信頼性を高めるため、入試の資料となる指導要録に記入する総括的評価としては、評価基準も評価事例集も各学校で作るより国(せめて県レベル)が作成することが望ましいのです。
(3)モデレーション(moderation)の実施
評価基準と評価事例集が示されていても、まだすべての評価者が評価基準の意味について共通理解をしている保障はありません。また、実際に共通の評価基準を適切に用いて評価しているとはかぎりません。そこで、評価基準の解釈や適用に関して、評価者間信頼性を確保できるような運用をしているかを確認する手続きが、モデレーションです。
代表的な方法はグループ・モデレーションです。一定の地域の教師が集まって、各学校の評価事例集を持ち寄り、お互いにその事例集を見せ合って、各学校の評価基準の解釈やその適用に違いがないかを確認し、違いがあれば修正します。グループ・モデレーションの結果は各学校に持ち帰って、学校内での評価者間信頼性の確保に用いられます。イギリスやオーストラリアで実際に用いられています。このほかサンプリングによるモデレーションとは、各学校の評価事例集をモデレーターといわれる評価の統一化に責任をもつ担当者に提出してもらって、共通の評価をしているかを確認する方法です。
目標準拠評価は信頼性の確保に課題がある方法ですが、入試の資料のもとになる以上高い信頼性が求められます。そこで前述した各国ではこのようにしてその信頼性を高めるためのシステムを工夫しているのです。
●評価基準や評価事例集はだれが作成するか
妥当性の高い評価基準の作成は相当むずかしいです。どの先生でも、どの学校でもできるというわけではありません。もちろんただ評価基準を作ればよいのではなく、妥当性の高い評価基準を作るためには、求める能力や技能が実際にどう発達するか、またどう育成すべきか、相当の調査や経験を必要とします。ところが、国立教育政策研究所が令和1年6月に出した「学習評価の在り方ハンドブック」は、これまでどおり各学校で評価基準を作るという趣旨で書かれています。しかし、ハンドブック内で推奨している評価基準の「共有化」の観点からも、各学校で作成するのは望ましくありません。それでは学校間での評価者間信頼性は確保できません。
以上を考えれば、評価基準も評価事例集も国が作成することが最善です。もちろんA、B、Cの評価基準が必要です(次善の策は県レベルでの作成)。県や市町村レベルで、国の例を参考に地域・子どもの実態に応じて作成するのが望ましいといえます。
以上の条件が満たされて、はじめてモデレーションが機能することになります。
●小学校の教科英語はさらに困難
新教育課程で新しく教科となった小学校英語は、さらに課題が山積しています。英語を専門とする教員もほとんどおらず(小学校は教科担任制でないから。実は英語以外の教科も専門家がそろっているわけではありません)、教科として指導した経験もないわけですから子どもの実態もわからないため、評価基準を教師個人や校内で作成することはまず不可能です。そのため他の教科以上に、評価基準を国レベルで示す必要があります。
実は小学校では他教科でも、教科専門家がそろっていませんから、妥当性の高い評価基準を作成できるかは疑問です。
●評定の統一
観点だけでなく、評定についても評価者間信頼性を確保するために改善すべき点があります。いまは観点から評定を導く方法が各学校に任されているので、評定に関する評価者間信頼性の確保は困難です。例えば、内申書等には主として評定が記されていますが、同じ評定でも、各観点のウエイトが学校により(場合によっては教師により)違うため、実際の生徒の学習の実態は異なるわけです。これまでも、一部の中学校等で「関心・意欲・態度」のウエイトを高くして評定を求めるために、高校での学習成績は評定から予想されたほど良くない例がしばしば見られました。
こうしたことを避けるため、評定の評価者間信頼性を確保するため、少なくとも一定の地域内で観点から評定を導く方法を統一しなければなりません。
●評価システム全体を公平に
今回、大学入学共通テストをめぐって公平性が取り上げられたことは、わが国の評価システムを改善するきっかけになると思われます。英語民間試験活用の問題も、費用等の問題を含めて公平性の問題であり、記述式問題もここまで述べてきたように公平性が問題になったのです。公正性の問題はわが国の評価システム全体の問題といえます。テストの公平性だけでなく、ハイステイクスな評価である調査書や内申書、そのもとになる指導要録の評価の公平性の問題も考えなければなりません。
連載
巻頭言/個性に応じた学びを考える | 東京学芸大学名誉教授 上野一彦 |
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「教師力」アップセミナー 子どもとともに成長する教師をめざして(11)学校全体で取り組む予防的・開発的生徒指導-いじめや不登校、児童虐待などの早期発見と予防をめざして- | 創価大学教職大学院准教授 大関 健道 |
QUを活用したPDCAサイクルで教育実践の向上をめざして(11)二つの大きな学校教育の課題に正面から取り組む学校から学ぶ③授業改革へのポイント | 早稲田大学教授 河村 茂雄 |
「主体的・対話的で深い学び」を創る(9)小学校理科4年-「深い学び」を促す活用課題と説明活動 | 文京学院大学特任教授 森田 和良 |
木下是雄と「言語技術の会」ルネッサンス(9)初等科、女子中・高等科の実践の様子 | 学習院高等科教諭 松濤誠之 |
教育相談はこう学ぶ!-全国各地の特色ある教育相談研修-(11)学習指導の改善を図る研修 | 石巻市教育委員会学校教育課 三浦美紀 |
通常学級の実践から学ぶ特別支援のヒント52(11)物的・人的環境を調整するポイント | 埼玉県立大学准教授 森 正樹 |
授業をみる・語る・研究する(10)教師の非言語スキル-授業中の教師の視線の分析- | 香川大学教授 有馬道久 |
公認心理師の資格をもつガイダンスカウンセラーの実践(11)教育・心理・福祉の視点をいかしたスクールソーシャルワークの実践から | 東京都東久留米市スクールソーシャルワーカー 宮下佳子 |
講座キャリア心理学-キャリア発達を支援する-(11)社会正義論 | 労働政策研究・研修機構副統括研究員 下村英雄 |
特別寄稿 資質・能力の3つの柱に対応した標準学力検査の活用【前編】-「主体的に学習に取り組む態度」を中心に- | 東北大学教授 宮本友弘 |
教育の窓(43)私が経験した中国の大学入試 | IT企業経営者・プログラマー 呂 嘉楽 |
本の紹介(6)『大学生・社会人のための言語技術トレーニング』② | 指導と評価編集部 「指導と評価」編集部 |